デジタル資産も「遺産」になる時代へ
近年、ビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨(暗号資産)を保有する個人が増えています。
投資として運用している人だけでなく、事業の一環としてウォレットを保有しているケースも少なくありません。
しかし、意外と見落とされがちなのが**「相続や贈与の際の税務処理」**です。
銀行預金や株式のように簡単に評価できないため、
「相続人が仮想通貨をどう扱えばよいかわからない」
「取引履歴や価格をどの時点で評価すればいいのか不明」
といったトラブルが実際に増えています。
この記事では、仮想通貨の相続・贈与に関する税務上の考え方、評価方法、必要書類、実務上の注意点までを専門家の視点でわかりやすく解説します。
将来の相続トラブルを防ぐためにも、今のうちに正しい知識を身につけておきましょう。
仮想通貨は相続や贈与の対象になるのか?
結論から言えば、仮想通貨も相続や贈与の対象資産に含まれます。
つまり、保有していたウォレットや取引所の残高は、法的には「財産」として評価・申告する必要があります。
相続税法・贈与税法の扱い
国税庁は、仮想通貨を「金銭や有価証券とは異なるが、経済的価値のある財産」として扱っています。
そのため、次のように取り扱われます。
| 区分 | 対象となる税金 | 評価の基準時点 |
|---|---|---|
| 相続 | 相続税 | 被相続人の死亡時(相続開始時) |
| 贈与 | 贈与税 | 贈与のあった日 |
つまり、評価時点での市場価格(円換算額)を基に計算し、相続税または贈与税の課税対象になります。
相続・贈与時に問題となる3つのポイント
仮想通貨を相続や贈与する際には、以下の3点が実務上の大きなハードルとなります。
- 評価額の算定が難しい
価格が常に変動しており、どの取引所のレートを基準にするかで評価額が変わる。 - 所有者の把握・アクセス問題
ウォレットの秘密鍵を知らなければ、家族でも資産を引き出せない。 - 税務署への説明責任
評価方法や取引履歴を根拠として提出できないと、課税当局に認められない可能性がある。
これらを解決するには、評価基準・証拠書類・相続手続きの流れを正確に理解することが重要です。
仮想通貨の評価方法の基本ルール
相続や贈与で仮想通貨を評価する際、原則として以下の方法で計算します。
① 相続(または贈与)時点の時価で評価
仮想通貨の価格は日々変動しているため、「評価時点のレート」をもとに円換算します。
具体的には次のように考えます。
評価額 = 保有数量 × 評価時点の市場価格(円換算)
たとえば、
- 保有通貨:ビットコイン 1 BTC
- 相続発生日の価格:1BTC=7,200,000円
の場合、評価額は7,200,000円となります。
② 時価の基準は「主要国内取引所の終値」
評価レートは、**日本円建てで公表されている国内取引所の終値(もしくはそれに準ずる価格)**を使うのが原則です。
代表的には以下の取引所のレートが採用されます。
| 代表的な取引所 | 公表レートの種類 | 備考 |
|---|---|---|
| bitFlyer(ビットフライヤー) | 終値 | 日本円建てBTCレートあり |
| Coincheck(コインチェック) | 終値 | メジャー通貨の終値参照可 |
| GMOコイン | 終値 | 仮想通貨FXとは区別注意 |
特定の取引所だけで取引している場合は、その取引所の時価を使うのが自然です。
③ 外貨建て取引がある場合の為替換算
もし海外取引所を利用していた場合、
相続時点の外国通貨建て価格を、その日の為替レート(TTM)で円換算します。
たとえば、
- 1BTC=45,000 USD
- 評価日レート=1USD=150円
ならば、評価額は 45,000 × 150 = 6,750,000円 です。
このように、日本円換算を明示し、評価計算の根拠を残すことが重要です。
税務上の取り扱いを整理:相続税と贈与税の違い
仮想通貨の譲渡が「相続」か「贈与」かによって、適用される税法や申告義務が変わります。
| 項目 | 相続の場合 | 贈与の場合 |
|---|---|---|
| 課税対象 | 相続税 | 贈与税 |
| 評価時点 | 被相続人の死亡時 | 贈与した日 |
| 税率構造 | 超過累進税率(10〜55%) | 超過累進税率(10〜55%) |
| 申告期限 | 相続開始から10か月以内 | 贈与を受けた年の翌年3月15日まで |
| 特例・控除 | 基礎控除3,000万円+法定相続人×600万円 | 年間110万円の基礎控除あり |
ポイント
- 相続税は「相続全体の財産」に対して課税される。
- 贈与税は「受け取った人ごと」に課税される。
- 仮想通貨の金額が少額でも、他の資産と合算して課税対象になる可能性がある。
評価の根拠を残すことが重要
仮想通貨の価格は取引所ごとに異なるため、どの時点の価格を基に評価したのかを明確に示す必要があります。
税務署に説明を求められた場合に備えて、次のような記録を残しましょう。
推奨される記録方法
- 相続発生時または贈与日の取引所のスクリーンショット
- レート公表ページのURL・日時を保存
- 通貨ごとの保有数量(取引履歴・ウォレット情報)
- 日本円換算の計算表
これらをExcelなどにまとめておけば、税務調査の際もスムーズに説明できます。
仮想通貨の評価を行う具体的な手順
仮想通貨の評価は、原則として**保有数量×評価時点の価格(円換算)**で計算します。
ここでは具体的なステップを紹介します。
ステップ①:通貨別の保有数量を確認
取引所やウォレットで保有している通貨の数量をそれぞれ把握します。
複数の取引所を使っている場合は、合計額をまとめておきましょう。
| 通貨名 | 保有数量 | 評価レート(円) | 評価額(円) |
|---|---|---|---|
| BTC(ビットコイン) | 1.2 BTC | 7,200,000円 | 8,640,000円 |
| ETH(イーサリアム) | 5 ETH | 400,000円 | 2,000,000円 |
| 合計 | ー | ー | 10,640,000円 |
ステップ②:相続または贈与時点のレートを確認
被相続人の死亡日、または贈与の日のレートを基準にします。
レートは取引所の公式サイトまたはニュースサイトの終値を利用しましょう。
(例)bitFlyerやCoincheckの「終値(JPY)」を参照。
ステップ③:円換算して評価額を算出
海外取引所を利用している場合は、その日の為替レートで円換算します。
為替レートは「三菱UFJ銀行のTTM」など公的なレートを使用するのが一般的です。
ステップ④:計算根拠を記録
評価計算の根拠となるスクリーンショットやサイトURLを保存し、
税務署に提出できるようファイル化しておくと安心です。
相続・贈与に必要な書類一覧
仮想通貨の相続や贈与を行う際には、通常の財産と同様に申告書類や添付資料が求められます。
ここでは、相続税・贈与税それぞれの必要書類を整理します。
相続の場合
| 書類名 | 内容 |
|---|---|
| 相続税申告書 | 相続財産の明細を記載(税務署提出) |
| 財産評価明細書 | 仮想通貨・不動産・預金などすべての財産を一覧化 |
| 仮想通貨の評価資料 | 取引所のレート証明、取引履歴、保有残高証明書など |
| 相続人関係書類 | 戸籍謄本、遺産分割協議書など |
| 被相続人の死亡届受理証明書 | 相続開始日の証明に使用 |
贈与の場合
| 書類名 | 内容 |
|---|---|
| 贈与税申告書 | 贈与者・受贈者の情報、贈与金額を記載 |
| 財産明細書 | 贈与対象(仮想通貨)の内容・評価額を明示 |
| 仮想通貨の評価証明 | 贈与日の取引レート、取引履歴等 |
| 贈与契約書 | 書面で贈与の意思を明示(証拠として重要) |
| 本人確認書類 | マイナンバー、身分証明書など |
ポイント:
仮想通貨の場合、通貨そのものの「実物証明」がないため、スクリーンショットやウォレットアドレスが証拠資料として極めて重要です。
税務署への申告手続きの流れ
① 相続税の申告(相続発生から10か月以内)
相続開始日(死亡日)から10か月以内に、被相続人の住所地の税務署へ相続税申告書を提出します。
遺産分割協議書の提出や評価資料の添付も必要です。
② 贈与税の申告(翌年3月15日まで)
贈与を受けた翌年の確定申告期間中に、受贈者の住所地の税務署へ提出します。
申告書は国税庁のe-Taxや紙提出のどちらでも可能です。
③ 仮想通貨特有の注意点
- 取引履歴をCSVでダウンロードし、通貨ごとに整理しておく
- レート参照元を必ず明記する(例:CoinMarketCapなど)
- 日本円換算時の根拠(為替レート)も記録
このように、仮想通貨は評価や証明が他の資産よりも複雑です。
税務署が後から確認しやすいように書面で根拠を残すことが重要です。
相続・贈与時に発生しやすいトラブルと防止策
トラブル①:ウォレット情報の喪失
相続人が秘密鍵やログイン情報を知らない場合、資産にアクセスできません。
→ 対策:生前にウォレット情報を一覧化し、信頼できる家族や専門家に保管を依頼
トラブル②:評価額の相違
取引所によって価格が異なり、申告額に差異が出ることがあります。
→ 対策:どの取引所レートを使ったか明示し、証拠を添付
トラブル③:税務署からの説明要求
計算根拠や証明資料が不十分だと、追加資料を求められることがあります。
→ 対策:評価日・レート・取引数量をExcel等で整理し、保存
節税とトラブル防止のための実践的な対策
① 生前贈与で少額ずつ移転する
年間110万円以内の贈与であれば、贈与税がかかりません。
仮想通貨を毎年少しずつ家族に移すことで、将来の相続税負担を軽減できます。
② 贈与契約書を必ず作成
口頭ではなく、書面で贈与の意思を明確化することが大切です。
「贈与した日・通貨名・数量・時価・署名」を記載しておくことで、
税務署への説明責任を果たしやすくなります。
③ 相続発生後は早めに税理士へ相談
仮想通貨の相続税計算は複雑なため、専門家のサポートを受けることで
誤った申告や二重課税を防ぐことができます。
④ 家族間で資産の所在を共有
「どの取引所に、どの通貨が、どれくらいあるか」を一覧化し、
紙やPDFで共有しておくことが、トラブル防止の最も効果的な方法です。
仮想通貨を安心して引き継ぐために
仮想通貨はデジタル上の資産であり、形が見えない分だけ管理や承継が難しい財産です。
しかし、相続や贈与のルールを理解し、正確に申告することでリスクを最小限に抑えることができます。
覚えておきたい重要ポイントは次の3つです。
- 仮想通貨も相続・贈与の課税対象である
- 評価は「時点の時価×数量」で計算し、根拠を残す
- 書類・取引履歴を整理し、税務署に説明できる状態にしておく
デジタル資産は時代とともに重要度を増しています。
将来、家族が困らないように、今から**「相続を見据えた資産管理」**を始めておきましょう。

